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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)349号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

原告が日本国籍を有することを確認する。

第二  事案の概要

本件は、日本国民である父と大韓民国(以下「韓国」という。)国籍を有する母の婚姻中に懐胎した原告について、右父との間の親子関係不存在確認の審判確定後、日本国民である実父が認知をしたため、原告が、被告に対し、出生又は認知により日本国籍を取得したとして、右国籍の確認を求めて提訴した事案である。

一  当事者間に争いのない事実及び証拠(甲一号証)により認定できる事実

1  日本国民である乙野太郎(以下「乙野」という。)と韓国国籍を有する甲一女(以下「一女」という。)は、平成元年三月二八日、婚姻したが、平成二年六月ころから別居し、平成四年一一月四日、協議離婚の届出をした。

2  一女は、平成三年ころ、日本国民である丙野次郎(以下「丙野」という。)と知り合い、乙野との婚姻中である平成四年九月一五日、原告を出産した。

3  平成五年六月二日、乙野と原告との間に親子関係が存在しないことを確認することの合意に相当する審判(以下「本件審判」という。)が確定した。

同月一四日、一女は原告の出生届を、丙野は原告の認知届を、それぞれ東京都江戸川区長に対して提出し、右各届出が受理された。

二  争点

本件では、本案前の争点として、本件訴えは、法定代理人により適法に提起されたものか否か、また、本案の争点として、原告は、国籍法二条一号にいう「出生の時に父が日本国民であるとき」に該当し、日本国籍を取得したか否かが争われている。

この点に関する当事者双方の主張の要旨は、次のとおりである。

1  本案前の争点(本件訴えは、法定代理人により適法に提起されたものか否か。)

(一) 原告の主張

原告は、後記のとおり、乙野の嫡出子として出生したこと又は丙野から認知されたことにより、日本国籍を取得したから、原告の法定代理人については日本民法が適用されるべきであるところ、同法八一九条四項、五項によれば、非嫡出子の親権は、母が単独で行使することになる。

したがって、本件訴えは、単独で代理権を行使し得る法定代理人によって提起されたものであるから適法である。

(二) 被告の主張

原告は日本国籍を取得しておらず、韓国国籍を有するから、原告の法定代理人が誰であるかは、法例二一条に基づき、母と子の同一の本国法である韓国法によって判断すべきところ、韓国民法九〇九条四項は、婚姻外の子が認知された場合には、父母の協議で親権を行使する者を定める旨規定しており、父母の協議が成立するまでは、父母が共同親権者であるとみなされる。

したがって、一女が単独で原告を代理して提起した本件訴えは、訴訟要件を欠き不適法である。

2  本案の争点(原告は、国籍法二条一号にいう「出生の時に父が日本国民であるとき」に該当するか否か。)

(一) 原告の主張

(1) 原告は、乙野と一女の婚姻中に懐胎した子であり、出生時において、乙野の嫡出子としての推定を受け、乙野との間に法律上の親子関係が存在していたのであるから、日本国籍を当然に取得したものというべきである。

そして、本件審判が確定しても、出生後の身分関係の変更によって、本人の意思にかかわらずに国籍を喪失させるのは相当ではないから、原告が出生時に取得した日本国籍には影響がないというべきである。

(2) 仮に、原告が、(1)の理由により日本国籍を取得していないとしても、次のとおり、丙野の認知により、右国籍を取得したというべきである。

すなわち、被告は、国籍法二条一号にいう「出生の時に父が日本国民であるとき」とは、出生時に子と日本国民である父との間に法律上の親子関係が存在することをいうものであり、国籍法上出生後の認知には遡及効は認められない旨主張する。しかし、原告は、乙野の嫡出子としての推定を受けるから、原告の実父である丙野は、原告に対し、胎児認知をすることができず、本件審判が確定して初めて認知をすることができたものである。そして、法務省民事局長による回答例には、嫡出推定が及ぶ期間内は胎児認知の効力が生じないが、親子関係不存在確認の裁判ないし嫡出否認の裁判が確定した後に、先になされた胎児認知の効力を認めるなど、実質的には認知に遡及効を認めているのと同視できるものがある。このように、丙野が原告を胎児認知をしようにもできない本件においては、認知に遡及効を認め、「出生の時に父が日本国民であるとき」に該当するというべきである。

(二) 被告の主張

(1) 子に嫡出の推定が及ばない場合、子とその母の夫との父子関係の成否は、自然血縁関係の存否という懐胎の時点で確定している客観的な事実に基づいて判断されるところ、親子関係不存在確認の裁判が確定した場合には、嫡出否認の裁判が確定したときと同様に、出生時において、子とその母の夫との父子関係が成立していないこととなる。

そうすると、原告は、出生時において、法律上の父を有していなかったものと解すべきであるから、乙野の嫡出子として出生したことをもって日本国籍を取得したということはできない。

(2) 国籍法二条一号にいう「出生の時に父が日本国民であるとき」とは、出生時に日本国民である父との間に法律上の親子関係が存在することをいうものであり、婚姻をしていない日本人男性と外国人女性との間に出生した子は、子が胎児である間に父が認知をしていない限り、同条同号には該当しないこととなる。同法三条も、父母の婚姻及びその認知により嫡出子としての身分を取得した子で二〇歳未満の者は、一定の要件を満たす場合に限り、法務大臣に届け出ることによって日本国籍を取得できる旨を規定しており、出生後日本国民から認知されただけでは、日本国籍の取得を認めていない。

本件において、丙野は、原告に対し、胎児認知をしていないから、原告は、出生により日本国籍を取得したものではなく、韓国国籍を有する母の非嫡出子として、韓国国籍を取得したというべきである。

第三  争点に対する判断

一  本案前の争点(本件訴えは、法定代理人により適法に提起されたものか否か。)について

1  未成年者は、法定代理人によってのみ訴訟行為をなし得るものであるところ(民事訴訟法四九条)、未成年者である原告について誰が法定代理権を行使すべきであるかは、親子間の法律関係に属するものであるから、法例二一条によって決せられる。そして、同条は、右法律関係の準拠法を定めるための連結点として、国籍を用いる旨規定しているため、準拠法を決定するに当たっては、まず、国籍法に基づき、原告の国籍を確定しなければならない。

ところが、本件においては、本案の争点として、原告が日本国籍であるか韓国国籍であるかが争われているから、原告の請求の当否が確定しなければ、法定代理権の準拠法も定まらないこととなる。この場合において、原告の主張に基づいて日本国籍を基礎にして準拠法を定めること、又は、被告の主張に基づいて韓国国籍を基礎にして準拠法を定めることは、いずれも、本件訴訟の結果によらなければ確定しない国籍を前提とするものであるから、妥当ではないといわざるを得ない。また、原告の請求の当否が確定するまでは法定代理人がない場合又は法定代理人が代理権を行使できない場合に当たるともいえないから、特別代理人を選任する必要があるということもできない。

しかしながら、本来、法定代理権は、訴訟行為を有効に行うための要件であるから、本案の帰趨を待たなければその存否及び内容が定まらないというのは相当ではなく、当該訴訟において実体上の判断をするための前提として、法定代理権を行使すべき者を定めなければならないというべきである。

2  そこで、検討すると、本件のように訴訟の結果によらなければ法定代理権を行使すべき者の範囲が判明しない場合においては、暫定的に、当該訴訟において実体上の判断をするための前提として、また、その限りにおいて適正に法定代理権を行使し得る者を定めることが許されるというべきである。そして、そもそも未成年者は法定代理人によってのみ訴訟行為をなし得る旨が定められたのは、訴訟行為が複雑かつ技術的な性質を有するものであることから、未成年者の権利保護を図ろうとしたものであることにかんがみれば、未成年者の権利保護を適切に図り得る者をもって、右の法定代理権を行使し得る者として取り扱うことができるものというべきである。

右のような観点からすると、原告の実母である一女は、日本法によっても韓国法によっても、原告の親権者であり、実質的に原告の権利の行使を確保し、その保護を適切に図り得る者であり、韓国法によれば共同親権者であるとみなされる丙野が、本件訴えの提起について格別の異議をとどめているとの事情がうかがわれない本件においては、本件訴えの提起について、一女をもって単独で代理権を行使し得る法定代理人として取り扱うことに格別の支障はないというべきである。

したがって、一女によって提起された本件訴えは、適法であるというべきである。

なお、一般論としていえば、出生届、外国人登録済証等の記載による原告の表見的な国籍である韓国国籍を基礎にして準拠法を定めるとする考え方も、いかなる基準によっても原告について法定代理権を行使すべき者を決し難いような場合には、一つの取り得べき考え方といえなくもない。しかしながら、本件において、一女をもって単独で代理権を行使し得る法定代理人として取り扱うことに支障がないことは前記のとおりである上、原告についての右表見的な国籍は、韓国により公権的に認められたものではなく、日本の関係行政庁の判断に基づく記載にすぎないものであり、しかも、右判断内容が誤りであるとして日本国籍の確認を求めている本件訴訟の内容にかんがみれば、本件において、右の考え方を採用することは、必ずしも合理的であるとはいえないものというべきである。

二  本案の争点(原告は、国籍法二条一号にいう「出生の時に父が日本国民であるとき」に該当するか否か。)について

1  まず、原告が、乙野の嫡出子として出生したことにより、日本国籍を取得したか否かについて検討する。

(一) 法例一七条によれば、子の出生の当時における夫婦の一方の本国法により子が嫡出であるときは、その子は嫡出子とされるところ、嫡出否認の訴え(日本民法七七五条)や親子関係不存在確認の訴えに係る判決によって父子間の親子関係が否認された場合には、その子は、出生時において日本国民である父の子ではなかったことになるから、出生により日本国籍を取得することはないというべきである。

ところで、原告は、乙野と一女の婚姻中に懐胎した子であるから、乙野の本国法である日本民法七七二条においても、一女の本国法である韓国民法八四四条においても、いったんは嫡出子としての推定を受けることになるが、その後、確定判決と同一の効力を有する本件審判(家事審判法二三条、二五条三項)が確定したことにより、原告は、出生時において乙野の子ではなかったことになる。

そうすると、原告は、出生時において、法律上の父を有していなかったことになるから、日本国籍を取得していないというべきである。

(二) これに対し、原告は、出生時から本件審判が確定するまでの間は、乙野が原告の法律上の父であったものであり、生来的な国籍取得に関して、原則として認知に遡及効を認めないのと同様に、本件審判という出生後の身分関係の変更によっては、原告がいったん取得した日本国籍の得喪に影響を及ぼさない旨主張する。

しかしながら、本件審判は、乙野と原告との間において、出生時における親子関係が存在しないとの法律関係を客観的に確定するものであって、出生後に当該親子の身分関係に変更をもたらすものではないのであるから、この場合と、出生後に実父の意思により法律上の親子関係を形成する認知に遡及効を認めるかどうかの場合とを、同一に論じることは相当ではないというべきである。このことを実質的にみても、出生時において、子が生来的に日本国籍を取得するのは、日本国籍を有する父又は母との間に生理的血統関係があることを基礎とするものであるところ、本件審判の確定により、およそ乙野と原告との間の生理的血統関係が否認されることになるから、原告には日本国籍を取得する基礎がないものといわざるを得ない。

したがって、原告の右主張は、採用することができない。

2  次に、原告が、丙野の認知により、日本国籍を取得したか否かについて検討する。

(一) 国籍法二条一号にいう「出生の時に父が日本国民であるとき」とは、子の出生時において、日本国民である父との間に既に法律上の父子関係が形成されていることを意味し、子の出生後にされた認知の効果が出生時に遡及し(法例一八条、民法七八四条)、その結果、父子関係が形成されるような場合を含まないというべきである。

その理由は、次のとおりである。すなわち、出生による国籍の取得は、その性質上、出生時において確定されるのが相当であるし、国籍法の規定をみても、旧国籍法(明治三二年法律第六六号)五条三項は、外国人たる非嫡出子に認知による日本国籍の取得を認めていたが、現行国籍法は、これを削除していること、同法三条は、準正による国籍取得について、準正(父母の婚姻及び認知)という身分行為だけではなく届出を要するとしていることなどに照らすと、同法は、認知の効果が遡及しないことを前提としているものと解すべきだからである。

そうすると、非嫡出子が生来的に日本国籍を取得するのは、子が胎児である間に実父から認知され、出生時において、既に非嫡出親子関係が形成されている場合に限られることとなる。

ところが、本件において、丙野が原告の認知をしたのは原告の出生後であることについては当事者間に争いがなく、原告の出生時に、丙野と原告との間に法律上の父子関係が形成されていなかったことは明らかであるから、原告が、日本国籍を取得したということはできない。

(二) これに対し、原告は、子が嫡出の推定を受ける場合には、子の出生前に裁判により右推定を排除することは不可能であり、実父からの胎児認知届は受理されないから、このような事情がある場合には、原告の国籍取得について、認知に遡及効を認めるべきである旨主張する。

確かに、胎児認知(民法七八三条一項)は、生まれてくる嫡出でない子に生来的に法律上の父を与える身分行為であるところ、乙野の嫡出子としての推定を受ける原告は、嫡出否認の訴えや親子関係不存在確認の訴えに係る判決の確定によって父子関係が否定されるまでは、乙野の嫡出子として取り扱われるのであるから、丙野が原告に対して胎児認知をすることはできない。

しかしながら、前記のとおり、生来的な国籍取得は、出生時における親子関係に基づいて、できる限り確定的に決定されるべき性質のものであるところ、国籍取得に関し、認知に遡及効を認めると、子の国籍は父の認知があるまで不確定なものとならざるを得ないことになり、相当ではない。このことは、たとえ胎児認知をすることができなかったという事情がある場合においても変わりはないといわざるを得ない。

したがって、原告の右主張は、採用することができない。

(三) また、原告は、実質的には認知に遡及効を認めているのと同視できる法務省民事局長による回答例がある旨主張する。

しかしながら、甲八号証の一及び二によれば、原告が指摘する回答例は、子が父母の離婚後三〇〇日以内に出生し、その後、子と母の前夫との間の親子関係不存在確認の裁判や嫡出否認の裁判が確定した場合に、先になされた胎児認知届の効力を認めたものであり、いずれも、胎児の出生後でなければ、嫡出の推定を受けるか否かが確定しないため、胎児認知届を受理せざるを得ないという事情の下で、右各裁判の確定により、子が嫡出子としての身分を失い、結果的に、有効な胎児認知があったとされたものである。そうすると、右回答例をもって、国籍法二条一号の適用に関して、認知に遡及効を認めたものということはできない。

そして、本件においては、原告は乙野の嫡出子としての推定を受け、原告の出生前に、裁判により、右推定を排除することは不可能であるため、丙野からの胎児認知届を受理することはできないことは前記のとおりであり、右回答例とは事案を異にするものであるから、これと同様に論じることができないことは明らかである。

したがって、原告の右主張は失当である。

三  よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとする。

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